第一期 2006年
  5月26日(金)〜
     6月11日()
   第二期 2006年
  6月14日(水)〜
     6月25日()


男女遊楽図屏風 6曲1隻

平安時代に御所が還されて以来、京都は常に文化の中心であり、人々の憧れを集めてきました。政治の担い手が公家から武家に移り変わっても、武将たちは上洛し、力を天下に示すことを望みました。応仁の乱から続いた戦乱は景観を大きく損ないましたが、京都に生まれ育った町衆の尽力によって伝統は守られ、さらに、公家と町衆の交流から新たな文化が育まれます。京都が再び活気を取り戻すのは、豊臣秀吉によって戦乱が終わりを告げようとする桃山時代からです。秀吉は近衞家の養子となって関白の位に就くと、覇者にふさわしく、京都の復興を図りました。文字通りに世の楽しみを集めたような聚楽第、奈良の東大寺にならった大仏殿、新たな内裏など、矢継ぎ早に大建築を築き、北野天満宮での大茶会、吉野山や醍醐の山々の花見など、盛大な行事を催しました。
このような気運を受けて、四季折々の行事や祭礼は賑わい、茶湯や能楽などの諸芸能も盛んになり、桃山時代の京都には華やかな文化が花開きます。やがて人々は着飾って神社や仏閣に参詣し、花や紅葉を見物する遊山に出かけ、人々の集まる名所や旧跡には、歌舞伎や浄瑠璃の小屋が掛けられました。遊里の太夫や、町を往来する歌舞伎者と呼ばれた無頼の若者達の風俗も、京都の町の新しい魅力となります。
                     (展覧会監修 大和文華館学芸部次長 中部義隆)

桐鳳凰蒔絵長持 夕顔文釘隠 志野幾何学文銚子 根来亀甲文瓶子

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