2004年
 5月21日〜6月20日

武者小路千家歴代展

紺文シルクホール


文叔好 大菊蒔絵大棗

器形は利休形大棗に従い、菊蒔絵も利休好の「菊桐蒔絵棗」などに基づく意匠と見られる。菊蒔絵の施された棗では、有名な出雲松江藩主松平不昧の好みになる「大菊棗」が思い浮かぶが、八代一啜斎と交流のあった不昧はこの五代文叔好を手本としたと考えられる。不昧好が高蒔絵で菊花三輪が重なる豪華な図案であるのに対して、文叔好は平蒔絵で、菊花は蓋の甲から胴にかけて二輪、その裏側に一輪が配された構図で、静かな美しさを印象づける。文叔とは義理の兄弟にあたる初代中村宗哲の作になり、当時の千家の茶風にふさわしい落ち着いた雰囲気がある。


一啜斎好 柳桜絵引重

引重(ひきじゅう)とは懐石道具の一つで、上段に香のもの、下段に焼物を入れて使用する。大胆に図案化した新芽の萌え出た柳と満開の桜を、削いだ板の凹凸(片木目)を生かし表情豊かに仕上げられた器の全体に大きく配して、華やかさの中に上品で慎ましやかな趣がある。六代中村宗哲の作で、宗哲から一啜斎に宛てられた実物大の下絵図面が添っており、当時の好みものの製作過程の一端がうかがえる。


愈好斎好 源氏車蒔絵竹円窓花入

平安時代、貴族の用いる牛車は御所車と呼ばれた。その御所車の車輪の乾燥を防ぐため川に浸すという景物を取り上げ、車輪が水の流れに隠れて半ば見えなくなった状態を図案化したものを「片輪車(かたわぐるま)」という。武者小路千家では七代直斎が「片輪車」をもとにした「源氏車」の図案を用いて以来、歴代家元がこの図柄で香合、炉縁などを好んでいる。この花入はくり抜いた円窓部分の切り口を含む内部を真塗にし、その上に源氏車の蒔絵を施した、竹花入とはいえ非常に豪華な作風である。昭和5年(1930)、貞明皇后(大正天皇皇后)の青山御所内に茶室「秋泉亭」が造られた折、十二代愈好斎が好んで納めた茶席用具の控えで、裏側には漆書で花押が記されている。


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